夏希 第四話
隠された過去 妊娠と中絶
青山洋平がすぐ傍にいると思うと、胸のときめきを隠すことはできない。
その様子が、夫の正之にもわかってしまったようだ。
「今日は、やけに機嫌がよくないか?」
夜の営みの前に、こういった普通の会話をすることは稀だった。
「え? そう。 久しぶりに高校の同級生にあったからかしら」
「名倉って刑事きたんだな。それで、何か言ってたか?」
「何かって?」
「青山のことだよ。高校生の夏希をはらませた野郎だ」
驚愕した。
どうして知っているの?
「名倉って刑事から聞いたんだよ。何もかもな」
うそ……。名倉くんがそんなこと言うわけがない。
「夏希。おまえにはがっかりさせられたよ。子供が出来ないのも、そのときの中絶の
せいじゃないのか? 隠してたなんて……この裏切り者」
その夜、夫は別の部屋で寝ました。
私は一人きりでは広すぎるベッドを涙で濡らした。
夏希と洋平と名倉は同じ高校で同じクラスであった。
三人はいつもいっしょで仲良しであったのだが、夏希が恋に落ちたのは洋平だった。
名倉も夏希に思いを寄せていることを知っている二人は、内緒で付き合うようになっていった。
もちろん、後ろめたさはあったのだが、今にしてみればそのことがかえって恋を
激しくしたのかもしれない。
二人は高校三年の夏、夏希の自宅の部屋で、初めて抱き合った。
お互いに初めてだったのだ。
何度かすでに行っているキスからそれは始まった。
ベッドの上で腰掛けてキスしたとき、夏希は力を抜いてベッドの上に倒れこんだ。
洋平が緊張した顔で見下ろしている。
夏希は洋平の首に手を掛けて、自分の胸へ導いた。
自分の激しい鼓動が洋平に聞かれている。
洋平は震える手で、夏希のTシャツを脱がせ、ブラも剥がすと、まだ膨らみきれていない
乳房に顔をうずめた。
「洋平だから、洋平だから、するんだよ」
「わかってるよ、夏希」
夏希も洋平の服を脱がせた。お互いに裸になり、激しく求め合った。
何も知らない同士で、互いを傷つけるような行為だったかもしれないけれど、
そのぶん熱い感情がこみ上げる。
洋平の愛撫は激しかった。
乳房を力強く揉み続け、乳首も吸いまくる。
「あ、あ、あ……」
身体のなかに潜むマグマが暴れだし、今にも噴火しそうだった。
このい感情、外に出してもいいのかしら?
まだ理性があるうちは押さえていたのだが、次第に欲情が勝り少女は雌となる。
「ああぁぁぁ……」
シーツを握り締め、得体の知れぬ感覚に耐えていた。が、もう限界……。
洋平の肉棒が突き刺さると、夏希の身体には爆発したかのような快感が生まれた。
白く長い手足を、洋平の身体に巻きつけるように抱きついた。
「すごい、すごいよぉ。 ああぁん。 もっとしてぇ」
洋平は汗だくになって腰を振るものだから、あっという間に熱いエキスを放出した。
夏希は自分の愛の園で、洋平の男の原液を受け止めたことに、幸福感を覚えた。
その秋、夏希の妊娠が発覚した。
受験勉強もラストスパートかというときにである。
田舎の高校では衝撃的な事件と言えた。
洋平も夏希も優等生だったのだから余計に衝撃的だったのだ。
夏希は両親にも教師にも責められた。
しかし、もっと責められたのは洋平だった。
洋平は名倉と校内で大ケンカしてしまった。激しい殴り合いで、お互いに骨折したほどだった。
校内の同情は、圧倒的に名倉に集まり、洋平は悪役となっていった。
夏希は中絶するように命令された。
すぐに決断は出来ずにいた。
そんなある日、夏希が街中を歩いているときのことだ。
背後から迫ってきた影に気づいたときにはもう遅かった。
脇腹をナイフで刺されたのだった。
相手は同じ学校の女子で、密かに洋平に想いを抱いていた子であった。
小さなナイフで力も弱かったから、大事には至らなかったが、そのときは出血もあり、
街中が騒然としたのである。
たった一度、洋平に抱かれたことで、周囲に不幸が舞い降りた。
夏希の母は、精神的に追い詰められ倒れてしまう。
洋平の家は定食屋だったのだが、この事件で客足が途絶えてしまった。
そして……。
洋平は家を出た。夏希にも内緒で家出したのだった。
どうして私を連れて行ってくれなかったのだろう。
夏希は洋平を恨んだ。
そして中絶を決心したのだ。
手術を終えた頃には、周りの異常なほどの興奮は鎮まっていった。
受験勉強でそれどころではなかったのかもしれない。
洋平の姿が見えないことで、みんなの関心が瞬く間に薄れていったのも事実であった。
ひょっとしたら、洋平は夏希を助けるために姿を消したんではないか。
そう言ってくれたのは名倉であった。
激しく殴りあった名倉も、洋平の身を案じていた。
本当のことは誰もわからない。
夏希も卒業を待たず、この地を後にしたのだった。
朝起きると、夫の姿はもうなかった。
こんなことは始めてである。
なんだかもうどうでもよくなった気がした。
もともと、お互いに愛していなかったのだと無理矢理思い込もうとしていた。
洋平の傍に、すぐにでも駆け寄りたい気持ちだった。
けれども、洋平は夫の店に雇われている身だ。
私が本能のまま行動すれば、また誰かが傷つくような気がしてならなかった。
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