春華 第四話

娘は両親の抱き合う姿を見ていた



   ベッドに入ったまま、春華は一睡もできなかった。

   小杉先生の下衆な顔が蘇る。それとともに、前父の暴行まで思い起こされる。

   悪夢だ。ただの夢であると思いたかった。

   しかし、それが現実であると、左腕の包帯が語っている。

   小杉先生を消したかった。だから包丁を握ったのだ。でもそれは失敗に終わったのだ。

   そう、前父も前々父のときも、そして母のときも同じだったのだ。

   消えて欲しいと願えば、みんな死んでくれたのだ。

   自殺、事故死、病死とそれぞれ原因は違ったけれど、みんな消えてくれた。

   小杉先生も消えて欲しい。ベッドのなかで、春華は一生懸命に願った。



   朝日が差している。学校には行きたくなかったけれど、洋平さんに心配かけたくない。

   代えの制服もあるし、左腕の包帯は長袖で隠すことができる。

   怪我のことは誰にもばれないはずだ。

   机の上の、看護師さんからもらったメモを掴むと、丸めてゴミ箱に捨ててしまった。

   誰にも相談するわけにはいかない。バレたくないのだ。

   「どうしたんだい? 元気ないみたいだけれど……」

   朝食中に洋平さんに聞かれた。ごまかしていたのだけれど、表情に出ていたのかもしれない。

   「全然平気よ。元気いっぱい」 と明るく振る舞う。

   「ならいいんだけどね。お母さんが病気で亡くなって、春華にも苦労掛けっぱなしだか

  らなあ。頼りないお父さんでごめんね」

   そんなことない。洋平さんに出会えて、初めて生きる意味を知ったの。

   洋平さんは知らないよね。

   私が洋平さんに抱かれる夢を何度も見ていることを。

   夢の中でも洋平さんは優しく包み込んでくれるの。

   洋平さんの唇は、柔らかくて温かい。

   私の身体の隅々までキスしてくれる。

   桜色の乳輪をいっぱい、いっぱいキスしてくれるから、ものすごく気持ちよくなって、

  声を挙げちゃうの。

   そして、洋平さんの太い肉棒が、私の中に入ってくると、電気が走ったように痺れちゃう。

   本当に抱いて欲しい。

   洋平さんが求めてくれれば、私はなんだって許してしまうのに……。

   でも、無理だよね。

   洋平さんが愛してたのは、お母さんなんだもの。

   私、見ちゃったんだ。

   洋平さんがお母さんを抱いているところ。

   ドアの隙間から、そっと見ていたのよ。



   洋平さんもお母さんも、汗まみれになって抱き合っていた。

   お母さん、すごい声を出してた。淫獣の雄叫びみたいに……。

   「ああぁぁ! あぁん、あぁん。もうだめぇ! 許してぇ!」

   「まだだめだよ。もっと狂った顔を見せておくれ」

   「ばかぁ…あぁん。もう…もう…もう…」

   「もう、なに? どうしたの? 言ってごらん」

   「あぁぁん。いじわる! あ、あ、あ……ああぁぁぁ…」

   洋平さんは、欲望のまま、腰を振り続けていたよね。

   ベッドの上で、乱れまくっていた二人。とっても愛し合っていたんだよね。

   私、お母さんが憎くなったの。

   お母さんがいなくなれば、あのベッドで抱かれるのは私なのに……って。

   お母さんに敵意を感じたの。

   だって、最低クラスの男と再婚したときは、私に性欲を向けさせたくせに、最高クラス

  の男を捕まえたら、自分で独り占めするんだもの。

   私、お母さん、消えちゃえって願っちゃった。

   そうしたら、お母さん、急性白血病に犯されて、あっという間に死んじゃった……。



   「春華? どうしたんだい?」

   「ううん。そろそろ行かなきゃ」

   「気をつけて。いってらっしゃい」

   私は無理やりにでも明るく振る舞って、家を出て行った。

   登校途中で、白崎真と出会った。

   なんだか待ち伏せしてたみたいで、嫌な感じだった。

   「おはよ、青山」

   「おはよ。え〜っと、何か用かな?」

   「いや、その、なんというか……」

   彼らしくない歯切れの悪さだった。

   「歩きながらでいい? 遅刻しちゃうよ」

   「ああ。そうだね」

   二人で並んで歩くと、なんだかカップルみたいで、ちょっと窮屈だった。

   「あのな……」

   「うん。なに?」

   「俺になにか出来ることがあったら言ってくれ」

   「え?」

   「ほら。なんというか……。何か人に言えない悩み事とかトラブルとか抱えてそうだからさ」

   白崎くん、知っているの!?

   まさか、体育教官室のこと、こっそり見てたんじゃないでしょうね。

   問いただすわけにはいかない。

   「俺ってさ、口は固いんだ。それに自分で言うのもなんだけど、頼りになると思うぜ」

   「……」

   「俺、青山の役に立ちたいんだ」

   少しだけ。ほんのちょっぴりだけど嬉しかった。

   「ありがとう」 と小さな声で答えた。



   学校につくと、妙な慌しさを感じた。

   噂が飛び交ったいたのだ。

   「体育の小杉先生が死んだんだって!」

   クラスの一人が大声で騒いでいた。

   私が消えて欲しいと願えば、誰もが死んでしまうようだった……。

   目の前が真っ暗になり、その場に倒れこんでしまった。

   「青山? おい青山、どうしたんだよ?」

   暗闇の中で、白崎くんの声だけが、遠くから聞こえた。



   


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